導入時の苦労から効果・メリットまで
先進企業JALが語る、ワーケーションのすすめ
旅先で仕事をしながら休暇を楽しむ、ワーケーションに関心が高まっています。“テレワーク元年”と称される今年、新たな社内制度として導入を検討する企業も多いのではないでしょうか。こうした動きに先駆け、2017年にワーケーションを制度化し、数々の事例を生み出しているのが、日本航空株式会社(以下、JAL)です。
今回は、同社にワーケーションの浸透を進めてきた人財本部 人財戦略部 厚生企画・労務グループ アシスタントマネジャー 東原祥匡さんに、そのきっかけから導入前後の苦労、社内の反応や導入を目指す企業へのアドバイスまで、大いに語っていただきました。
『温泉Biz』を企画する、温泉総選挙総合プロデューサー 山下太郎との対談形式でお送りします。
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日本航空株式会社
人財本部 人財戦略部
厚生企画・労務グループ
アシスタントマネジャー - 東原祥匡さん
- 温泉総選挙
総合プロデューサー - 山下太郎
有給休暇の取得促進を目的に ワーケーションを導入
山下: まず、ワーケーションを導入したきっかけから聞かせてください。
東原: 弊社は、『働き方改革』の一環として、2015年から種々取り組みを進めています。最初はフリーアドレスの導入やノートパソコンの貸与など環境整備から始め、徐々に労働時間に対し、目標を立てるようになりました。具体的には、社員一人当たりの総実労働時間を1,850時間に収めるというもの。これは、年次有給休暇20日間をフル取得し、かつ月間の時間外休日労働が4時間程度だと達成できるものです。この目標は、日本的雇用慣行のなかで働いてきた私たちにとってハードルの高いものでしたが、ワーケーションの導入によって、社員全員がオフの時間をフェアに持てるようになり、総実労働時間1,850時間以内達成への手段のひとつになるのではないかと考えました。
山下: 合間に仕事を挟めば、年次有給休暇が取りやすくなる、ということですね。
東原: 休めるのなら終日休むのが本来あるべき姿です。けれども、そうすると休みを返上せざるを得ない場面が出てきてしまうのが実状でした。そういった場合のセーフティネットの役割として、ワーケーションを活用しています。なお、弊社の場合、ワーケーションの導入は休暇促進が背景にあるので、旅先でフルタイムの仕事をすることは認めてはいません。原則、就業時間が所定労働時間の半分以下となることを、ワーケーションの実施条件にしています。
山下: いま、導入を検討している企業はそれぞれ課題や不安を抱えていると思います。かくいうJALさんにも、導入前にはいろいろな苦労もあったと思うのですが……
東原: そうですね。最初はどうしてもリスク面を考える人が多かったように思います。リモートワークと聞くと「さぼっているんじゃないか」、遠隔地と聞くと「遊んでいるんじゃないか」という具合です。テレワークも浸透しつつありましたが、対面が減るとコミュニケーションが取れなくなる、という思い込みもあったように感じます。ですが、もしさぼっている社員がいたとしても、その数は全体のごく少数の話です。そちらに焦点をあてるよりも、より今後の成長が望まれる大半の社員へ機会を提供することを目指し、その後は評価を見て考えることにしました。
山下: 既存の社内制度との調整はいかがでしょうか。ワーケーション導入にあたり、既存制度の整備も必要になった部分はありましたか。
東原: 規定を見直しました。その前に整備したテレワーク規定は、遠隔地での実施を基本的に認めておらず、『必要が生じた場合には出社できること』という条件がありました。しかし、ワーケーションは休暇取得が目的なので、この条件から除外することとしています。
山下: 導入後もさまざまな取り組みをされたと思います。何が一番大変だったのでしょうか。
東原: やはり浸透させていくことですね。一度体験した人は、その良さを感じて実施へのハードルが下がるのですが、その一歩が踏み出しづらい。企業風土もありますが、ワーケーションに馴染みがないのでどんな場面で活用したらよいのかイメージがわかず、言葉だけが先行する印象がありました。
山下: 最初に利用されたのは、どういう方たちですか。
東原:
管理職が多かったです。決裁権限者は長期休暇を取りづらいので、「ワーケーションを利用することで、何年かぶりに家族で海外旅行に行きました」という声も聞こえてきました。
やはり仕事一辺倒ではなく、公私ともに充実している上司や先輩のほうが、若手社員は魅力的に感じるものです。また、彼らもワーケーションを使って普段とは離れた場所で仕事をすることで、人生を見つめ直したり、会社に対する帰属意識を高めたりする機会になるのではないか、と思っています。
山下:
若手の離職はどの企業も課題ですからね。ワーケーションはそうした人材確保の側面も担えるということですね。
このほか浸透のために打った施策があれば聞かせてください。
東原: 単身のほうが取得しやすいイメージが強かったので、早々に家族で参加できる企画を打ち出しました。一方で、若手をターゲットにした企画としては、若年層に親しみのあるゲストハウスに泊まる施策を企画しました。このように、いくつかのバリエーションをつくって、どの世代でも第一歩を踏み出しやすくしました。
山下: 事例をつくることは、確かに大事ですよね。なかでも家族など誰かと一緒に行けることを見せるのは、浸透させていくうえでカギとなりそうです。
『100人の壁』を超えることで見えた、 三つの効果
山下: ワーケーション開始から今年で4年目ですが、数値的な実績はいかがでしょうか。
東原:
現在、テレワークをできる社員が約2,000人いますが、そのうちワーケーション利用率は、昨年度実績で約10%です。
ワーケーションという言葉が浸透していないときは、「休みのときに働かされるもの」というイメージを持っている社員もいたのですが、利用者が100人を超えた辺りからネガティブな声はあまり聞こえなくなりました。
山下: 『100人の壁』があった、ということですね。
東原: そうですね。ワーケーションという言葉自体も社内で自然に聞こえるようになったいまは、「浸透しています」と、胸を張って言えるようになりました。
山下: 社内をご覧になって、良い効果が生まれているなあと感じる部分はありますか。
東原:
大きく三つあります。一つは、こうしたフレキシブルな働き方をしている人たちが、仕事の棚卸しや時間の効率化に目を向けるようになったことです。実はこの思考や働き方は、育児中の社員など、ライフイベントを抱えている社員がすでに行っていることなんですよね。たとえば育児中の社員であれば、お迎えの時間を考えて、限られた時間の中で集中して効率的に業務にあたっている。他の社員もワーケーションを行うことで、オンオフをはっきりさせ、いかに余暇を充実させられるかを考えるようになり、そのために時間あたりの業務の質を向上させようと今まで以上に考えるようになりました。時間外休日労働の時間をあてにするのではなく、限られた時間の中で集中する機会を設けることで、育児や介護中の社員等、残業をできない人たちの気持ちが分かるようになった、というのです。
二つ目は、会社に対する帰属意識や貢献意欲が高まったことです。ワーケーションの実施前後に取ったアンケートでは、「今の会社で働き続けたいと思うか?」「普段と比べ、上司との関係性は良好であると感じるか?」をはじめとするすべての項目で、実施前よりもポジティブな反応が見られています。心理学の先生にも監修していただきましたが、このようにモチベーションが上がっている状態で働き、かつ休んでいる人は、パフォーマンスが高いと言えるようです。このアンケートは弊社だけでなく他の業種、また異なる職種の方を含めて実施したものなので、多くの企業と労働者にとっても当てはまる結果だと言えそうです。
三つ目は、ワーケーション利用者の内面の変化です。当初の
“働きながら休暇を取得できる制度”
という触れ込みとは違うメリットを社員が感じるようになってきています。たとえば、家族のことや自分の将来のことなど人生に気付きが生まれている人、地方創生や社会課題と向き合うきっかけになっている人など、さまざまです。制度導入当初、まずは自身で多くワーケーションを体験し、その本質や、求められているものを模索した時期がありました。その中で『働き方改革』という面だけではなく『価値創造』という部分にも繋げられるのではという感触を持ち、他の社員にもそう感じてもらいたいと期待を寄せていましたが、2018年末に実施したワーケーションに関する取り組みで、体験した社員の感想から実際にそのような声が挙がってきて、その方向性が間違っていないことを確信しました。いま、導入から4年目となりましたが、世の中の柔軟性が増し、コロナ禍を経てそのスピードも加速してきていると思います。ようやくワーケーションがもたらす付加価値が何なのか、を議論するスタートラインに立てた気がしています。
ワーケーションが、 当たり前になる世の中に
山下: ワーケーション先進企業であるJALさんだから話せることが、まだまだたくさんあると思うのですが、ここまで東原さんのお話を伺うなかで、ワーケーションとは育児休業と同様、働き方の選択肢の一つであり、導入と運用にあたっては、その会社ごとに最適な方法を考える必要を改めて感じています。
東原:
大変なのは最初の一歩だけです。あとは、その会社ならではの風土のなか、どう浸透していくかを考えることが大切ではないでしょうか。このたびの『温泉Biz』という親しみやすい言葉が受け入れられる場合もあるでしょうし、若年層の多い職場であれば、モデルケースとなる方が活躍できる形にしていくことも大事だと思います。時間はかかるかもしれませんが、「誰もがイキイキと働ける環境とは何か」を考えることに尽きる、と実感しています。
他社でも実施されていると聞くことで、弊社社員も更に意識が高まり、間接的にワーケーションを取得しやすくなると思います。ぜひとも社会全体で取り組んでいきたいところです。
山下: 『温泉Biz』にJALさんが参画されたのも、すでにワーケーションを推進されていたからこそうまくいったと考えています。
東原: 弊社のワーケーションは、帰省に合わせて取得する社員が多かったのですが、徐々に温泉地や観光地で行うケースが出てきました。ワーケーションは平日に行うものなので宿泊予約や切符が取りやすい、その土地ならではの体験ができる、何よりも温泉には癒しがあり、リフレッシュできる。そんなことを考えると、一緒に取り組むことはとてもマッチしていると感じます。
山下:
確かにワーケーションに温泉地がくっつくと、バケーション本来の癒しや楽しみといった副次的産物の存在を感じられますね。
環境省が行った調査(※)でも「温泉地訪問の主観的な感想(複数回答)」の問いに対し、「癒された」と答えた人は、男女ともに98%を超えています。こうした結果を見ても温泉地でのワーケーションには、仕事をしながら休暇を取ること以外の効果がさまざまにあると考えます。
※環境省「全国「新・湯治」効果測定調査プロジェクト」調査結果
東原: いまは三密を避け、癒しを求めて長く滞在することへのニーズが高まっています。知らない人とあまり交わりたくないという意識も働くでしょうから、たとえば家族をともなって温泉Bizをすることは適っていると言えそうですよね。一方、弊社の社員のなかにも温泉地とワーケーションが結びついていない人がまだ多いので、『温泉Biz』への参画を機に、温泉地で実施する人が増えるといいな、と思っています。
山下: 私たちは、『温泉Biz』をワーケーションの手段だと考えています。ただ、ワーケーションという言葉自体はまだまだ身近ではないので、『温泉Biz』という分かりやすい言葉を使って「仕事を言い訳にして、平日に温泉地に行きませんか?」と、啓発することが私たちの役割だと思います。
東原: 私も「ワーケーションがしたい」が共通言語になるのは、もう少し先だと思っています。まずはキャッチーな言葉で、目的に合うことを訴求するほうが浸透しやすい。『時差ビズ』もそうですよね。ワーケーションや『温泉Biz』の言葉が残っているかどうかは別として、5年後10年後には当たり前のように平日に温泉地に出かけて働く環境ができていることが、本当の意味での浸透という気がします。それが、想定よりも早く実現するといいですね。
あとがき
『働き方改革』を機会に、在宅勤務制度の導入、男性社員の育児休業取得の奨励、企業内保育所の導入など社員にとって働きやすい環境を整える企業が増え、これらが多様性を受け入れる器として機能しています。ワーケーション、そして『温泉Biz』もまた、これから数ある働き方の選択肢の一つとして、会社と社員の双方に受け入れられ、認知されることを期待しています。